札幌地方裁判所 昭和24年(ワ)300号 判決
原告 井上正雄
被告 岩淵昌 外一名
一、主 文
被告岩淵昌は原告に対し札幌市北五條西二十一丁目六番地所在木造亞鉛鍍金鋼板葺平家建一棟建坪三十六坪の中南側の一戸十八坪を明渡せ。
被告齋藤のぶは原告に対し右建物の北側の一戸十八坪の内六疊二間を明渡せ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
右の判決は原告に於て各被告について金一万円宛の担保を供するときはそれぞれその被告に対し仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一乃至三項同旨の判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
原告は從前からその所有にかかる主文第一項記載の家屋の内南側の一戸十八坪を被告岩淵昌に、又北側の一戸十八坪を被告齋藤のぶにそれぞれ期間の定なく賃貸して來た。ところが昭和二十二年六月中原告は家族五名を伴れて樺太から引揚げて來たけれども適当な住宅がなく訴外佐々木和助からその住宅の床下傾斜地を利用して作つた物置を改裝した六疊一室を借受け辛うじて雨露を凌いでいるがこの室は通風採光共に悪く且つ不潔で、しかも僅か六疊の一間に一家六人が起居しているので誠に悲惨な情況にあり、ために原告の長女壽子(当二十二年)は肺浸潤に、三女は佝僂病に罹り生計は益々不如意となる始末で本件家屋の一戸でも明渡を受けてこれに居住する必要に迫られており被告等に対し屡々その明渡を求めたが被告等はこれに應じなかつた。しかして被告岩淵は六人家族被告齋藤は三人家族であつて本件家屋は各戸とも六疊三間二疊一間あるので被告齋藤からその居住の一戸の内南側の六疊二間の明渡を受け、これを被告岩淵に提供して同被告からその居住の一戸の明渡を受けるならば原告はその必要を充たすことができ被告等も住居を失はないですむわけであつて、原告は被告岩淵に対しては賃貸家屋の全部につき、被告齋藤に対しては賃貸家屋の内の右六疊二間につきそれぞれ賃貸借を解約する正当な事由があるものである。そこで原告は昭和二十四年九月二十一日被告等に対しそれぞれ右の部分についての解約申入を発し右申入はいずれも翌二十二日被告等に到達した。從つてその後六箇月を経過したときにおいて被告岩淵との賃貸借はその全部につき被告齋藤との賃貸借は南側六疊二間につき終了した。よつて被告等に対しそれぞれ右部分の明渡を求める。と陳述し、被告齋藤のぶの抗弁事実を否認した。
<立証省略>
被告岩淵昌訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、
原告主張の事実中原告がその主張の家屋を所有し被告両名が從前から原告主張の一戸十八坪宛をそれぞれ賃借して來たこと、原告が昭和二十二年六月中その家族と共に樺太から引揚げて來たものであること、被告両名の家族が原告主張の通りであり且つ被告等の賃借家屋は各戸とも六疊三間二疊一間であること及び原告が被告等に屡々本件家屋の明渡を求めていたが原告主張の日にその主張のような内容の解約申入を発し、被告等が翌二十二日これを受取つたことはいずれも認めるがその余の事実は不知と述べた。<立証省略>
被告齋藤のぶ訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張の事実の中原告がその主張の家屋を所有し從來からこれを他に賃貸して來たが、右家屋は一棟二戸でその各戸が原告主張の間数を有し、被告齋藤がその北側の一戸に被告岩淵が他の一戸にそれぞれ居住して居ること、被告両名の家族がそれぞれ原告主張の通りであること、原告が昭和二十二年六月中その家族と共に樺太から引揚げて来たもので現在訴外佐々木和助の住宅の一部に住んでいること及び原告が被告等に対し屡々本件家屋の明渡を求めていたが原告主張の日にその主張のような解約申入を発し翌日被告等に到達したことはいずれも認めるけれども同被告が原告から本件家屋を賃借して来たことは否認する、その余の事実は知らない。しかして本件建物の北側の一戸を賃借しているのは被告齋藤の夫である齋藤辰五郎であり同被告はその妻としてこれに居住しているに過ぎないものである。仮に同被告が右一戸を賃借して来たものとしても同被告の長男一雄は当年二十九才で近く妻を迎えようとしてその準備中であつて一室の余裕もないので、原告の解約申入をするについて正当な事由を有しないものである。また仮に原告の解約申入が正当な事由に基くものであつたとしても原告は昭和二十五年二月十日同被告に対し昭和二十四年六月一日から昭和二十五年一月末日迄の延滞賃料を完済すれば前記解約申入を取消す旨の意意表示をなし、同被告は同年二月十二日右延滞賃料金二千六十四円を完納したからこゝに原告の前記解約申入は取消され、賃貸借はなお存続することとなつたものである。以上の次第である原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
本件家屋が原告の所有に属することは当事者間に爭なくまた原告がその南側一戸を從前から期間の定なく被告岩淵に賃貸して来たことは原告と同被告との間に爭のないところであるが、被告齋藤は右家屋の北側の一戸を賃借して来たことを否認し、右一戸の賃借人は同被告の夫齋藤辰五郎であつて同被告はその妻としてこれに居住しているに過ぎないと主張するから先ずこの点について考えるに成立に爭のない甲第三号証、乙第二号証及び被告本人齋藤のぶの供述の一部を綜合すれば同被告は数年前本件家屋に住むようになつたが当時夫の辰五郎は豊羽鉱山に勤めており札幌市には居なかつたので妻である同被告が本件家屋を期間の定なく賃借しこれにその長男と共に住んで來たもので、その後右辰五郎も豊羽鉱山をやめて本件家屋に住むようになつたが間もなく同人は精神病に患つた爲依然同被告が借主の地位を続けて來たものであることが認められ被告本人齋藤のぶの供述中右認定に反する部分は信用し難く他に右認定を動かすに足りる証拠はない。然るところ原告が昭和二十四年九月二十二日被告等に到達の書面を以て被告岩淵に対しては賃貸の一戸全部について、被告齋藤に対しては賃貸の一戸の内南側六疊二間について解約の申入をしたことはいずれも当該被告の認めて爭はないところである。そこで原告がこの解約申入をするについて借家法第一條の二にいう正当な事由があるか否かについて考えるに、原告が昭和二十二年六月中その家族と共に樺太から引揚げて來たものであることは当事者間に爭のないところで、成立に爭のない甲第四号証、証人佐々木和助の証言及び原告本人訊問の結果によれば原告は引揚後居住する適当な家屋がない爲やむを得ず佐々木和助からその居住の床下傾斜地を利用して作つた物置を改装した室を借受けこれに妻子五人と共に住んでいるがこれはわずか六疊一間であつて通風採光共に甚だ悪く且つ不潔で不衛生を極め人間の生活には全く適しないものであり、その爲に原告の長女壽子(二十二才)は肺浸潤に罹つて目下加療中であり三女もまた佝僂病に侵かされているが家計不如意で治療も致しかねる悲惨な状態にあることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。從つて原告としてはその所有の本件家屋二戸の内一戸でも明渡してもらつてこれに居住する必要があるものであることはいうまでもない。しかし借家法第一條の二にいう正当な事由があるか否かは單に賃貸人の事情だけできめるべきではなく賃借人の事情おも考え双方必要の程度を比較考慮してきめなければならないのであるから、被告等の事情を見るに被告齋藤の家族が三人であることは原告と同被告の間に爭のないところであり被告本人齋藤のぶの供述によれば右三人のうち同被告の長男は当年二十九才で近く結婚すべき時期にあることはこれを認め得るけれども、末だ具体的な話の進んでいないことも同供述によつて明かであつて、しかも前に認定したように同被告の住んでいる一戸は六疊三間と二疊一間があり、原告の目下の窮状に比較すれば遥かに余裕がある状態で、たとえその内の六疊二間を明渡したとしても最少限度の必要性はこれを充し得るものと考えられる。また被告岩淵の一家は六人家族であることは原告と同被告との間に爭ないところであるが、被告本人岩淵昌の供述によればそれは同被告夫妻と当年十七才の長男を頭に当年四才の三男までの子女四人であることが認められ、前記認定の原告の悲惨な状態を考えるならば同被告の一家としては六疊二間位で忍ばなければならないものと考えられるところ、原告本人の供述によれば原告は被告齋藤から前記六疊二間の明渡を受けてこれを被告岩淵の移轉先として提供しようとしていることが明白であるからこれに居住することによつて同被告もまた最少限度の必要性を充し得るものといわなければならない。以上被告等の事情と前述の原告の事情を比較考量するならば原告が本件家屋の一戸に居住する爲に被告齋藤については六疊二間につき被告岩淵については全部につき解約申入をする正当な事由があるものといわなければならない。もつとも被告等の二家族が一戸に同居し原告の一家六名が他の一戸に居住することになれば原告の方が被告等に比して廣い住居を得権衡を失するようにも見えるけれども先に認定したように原告の長女は肺浸潤におかされて療養中の身でありその他にも病弱な子があることを考えるならば原告の住居は多少のゆとりのあることが必要なことは明かなことであつて原告が一戸全部を使用したとしても決して有利に過ぎるものとはいうことができない。以上のようであつてみれば原告が爲した前記解約の申入の有効なることは勿論であつて右申入の爲された日から六箇月後の昭和二十五年三月二十二日の満了により本件の各賃貸借は各解約申入の部分について終了すべきところ、被告齋藤は仮に原告の前記解約申入が有効であるとしても原告は昭和二十五年二月十日に同被告に対し本件家屋の昭和二十四年六月一日から昭和二十五年一月末日迄の延滞賃料を完済すれば同被告に対する前記解約申入を取消す旨の意思表示をなし且つ同被告は同年二月十二日右延滞賃料を完済したから前記解約申入は取消された旨抗弁するが、成立に爭のない乙第二号証によつて同被告がその主張の日にその主張の延滞賃料の支拂をしたことを認め得るだけでその余の事実を認め得る証拠は一つもないから右抗弁は採用し得ない。從つて原告と被告岩淵との間の賃貸借は一戸全部につき、原告と被告齋藤との間のそれは六疊二間につき既に終了したものであつて被告等はそれぞれ原告に対しその明渡をすべき義務があるわけで、原告の本訴請求は全部正当として認容すべきものである。
よつて訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條、同法第九十三條第一項、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を適用して主文の通りに判決する。
(裁判官 齋藤敏之)